日の光届かぬ夜の闇の中、幽世(かくりよ)より迷い出でた妖(あやかし)を狩る者。 彼らと同じ妖の血を受けながら、人に与する者。 ――紅玉色の瞳の鬼姫。 少女の右腕が異形のモノの胸板を貫く。いや、それは胸だったのだろうか。異形の巨体がびくん、と震え、力を失った三本の腕がだらりと垂れ下がる。 胸に穿たれた傷から、歪な口から体液が溢れ出す。人の姿とは似ても似つかぬその異形の赤い血が、少女の服を紅に染めていく。 「……裏切り者、が」 醜く歪んだ口の端から漏れる怨嗟の声。怒り、憎しみ、そして微かな哀れみを含んだ言霊。 それが、異形が遺した最期の言葉だった。 ずるり、と右腕を引き抜く。支えを失った異形の巨体が揺れ、ゆっくりと倒れていく。その輪郭が急にぼやけたかと思うと、地面に触れるよりも早く霞のように消えた。 海溝の底を思わせる深い闇に支配された路地の奥。ぽたり、ぽたりと少女の指先から赤い雫が滴り落ちる。 夜空を覆っていた厚い雲が風に流され、月の光が路地に射し込む。闇が退き、凄惨な光景が浮かび上がる。 少女が顔を上げた。月の光に照らされ、紅に彩られた少女は、美しかった。 一陣の風が疾り、子狐のような獣が少女の背後に降り立った。鼬かそれとも狢か。それは何かに似ていながら、同時にどんな獣とも似つかぬ違和感を持っていた。 「終わったんか」 獣が人の言葉で少女に語りかける。少女は振り返ることなく、月を見上げたまま「うん」と短く応えた。 「こっちも片づいたで。中位の妖にくっついて来ただけのザコやったからな。楽なもんや」 「そう」 少女の視線を追い、獣も空を見上げる。真円を描く白い月が、漆黒の空に輝いていた。 ふと、少女が口を開く。 「裏切り者――か」 「なんやって?」 少女は応えない。やがて、ゆっくりと振り向き、言った。 「帰ろ、飯綱」 「……ああ。そやな」 飯綱と呼ばれた獣は少女に駆け寄り、ひらりとその肩に乗る。 少女はもう一度、月を見上げた。白く輝く月。冷たい光。 「なあ、飯綱」 「なんや」 「私は――」 その先を口にすることができなかった。言葉にする勇気がなかった。 ――私は、何? 妖と人の血を引く鬼。 彼ら妖は「裏切り者」と呼ぶ。では、人は私を何と呼ぶだろう。 血に染まったこの姿を見て。紅玉色に輝くこの瞳を見て。 「……なんでもない」 「……そうか」 再び訪れる夜の静寂。ただ月の光だけが、少女たちが立ち去った路地を照らし出す。 煌煌と。煌煌と―― ■陽子&飯綱設定資料へ ■ゴーストページへ ■メインメニューへ |